私たちは果たしてパートナーのことをどこまで知っているのでしょうか。長年連れ添った相手でも、実は知らない一面があるのかもしれません。そんな根源的な問いを突きつける映画が、『入国審査』(原題:Upon Entry)です。
作品概要
本作は2025年公開のスペイン発・心理サスペンス映画で、ニューヨークの空港における入国審査の密室ドラマが描かれます。上映時間は77分と短めですが、シンプルな舞台設定の中に濃密な緊張感が張り詰めています。物語の主人公は、移民ビザ(グリーンカード)を手にして新天地アメリカへの期待に胸を膨らませるカップル。演じるのはアルベルト・アンマンとブルーナ・クッシで、それぞれベネズエラ出身の都市計画技師ディエゴとスペイン人ダンサーのエレナという役柄です。
二人は意気揚々とニューヨークに降り立ちますが、空港の入国審査で思わぬ事態に遭遇します。審査官に呼び止められ、淡々と別室へと連れて行かれると、そこで待ち受けていたのは矢継ぎ早に浴びせられる厳しい質問の数々でした。最初は当たり障りのない確認だったものが、次第にプライベートや内心にまで踏み込む内容へとエスカレートしていきます。セックスの頻度や過去の経歴など答えにくい問いまで執拗に尋ねられ、ディエゴとエレナは徐々に不安と恐怖に追い詰められていきます。拒否すれば入国は認められないというプレッシャーの中で、二人は予想外の尋問にただ戸惑うばかりでした。しかし、その過程でお互いの「知らなかった一面」が浮き彫りになり始め、信頼に小さな亀裂が生じていきます。
2025年スペイン発・心理サスペンス映画
都市計画技師
演: アルベルト・アンマン
ダンサー
演: ブルーナ・クッシ
🎭 作品の主要テーマ
『入国審査』の見どころ
本作の見どころは、極限状況下であぶり出される人間心理の描写です。閉ざされた審査室という密室で繰り広げられるやり取りはほぼ会話劇ながら、登場人物たちの一挙一動から緊迫感と心理戦がひしひしと伝わってきます。審査官の無機質で容赦ない追及に対し、ディエゴとエレナが見せる不安や動揺の表情はリアルで、観る側もまるで自分が尋問されているような息苦しさを覚えるほどです。特に、プライバシーを根掘り葉掘り探られる中で、愛し合うはずの二人に疑念の影が差していく展開にはハラハラさせられました。長年連れ添った相手でも、自分が知らない顔があるのではないか…と観客に思わせる力がこの映画にはあります。実際、本作を観終えると「もしかして自分はパートナーのことを何も知らなかったのではないか」という不安が胸をよぎるほどです。
しかし考えてみれば、誰しも自分の全てをさらけ出して生きているわけではありません。だからこそ、どんなに仲の良いカップルでも、この映画の二人のように互いに戸惑い傷つく可能性があるのだと痛感させられます。入国審査という非日常的なシチュエーションを通して、本作は普段は見過ごしがちな「相手の知らない部分」と向き合うことの難しさを浮き彫りにしています。それは決して他人事ではなく、観る者それぞれが自分自身の人間関係を見つめなおすきっかけにもなるでしょう。
まとめ
なお、本作は監督たち自身の移民体験に着想を得て制作されており、そのバックグラウンドもあってか現実さながらの緊迫感が全編を貫いています。本作は派手なアクションや音楽に頼らず、わずか77分で緻密な心理ドラマを展開する秀逸なサスペンスです。シンプルなシチュエーションにも関わらず最後まで息を呑む緊張が続き、鑑賞後には様々な感情が渦巻くはずです。結末まで見届けた時、きっとあなたもパートナーの隣で自問することになるでしょう。「私はこの人のことを本当に理解できているだろうか?」と。本作は、信頼とは何かを静かに問いかけると同時に、私たち自身の姿を映し出す鏡のような作品と言えるかもしれません。
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